2011年7月27日水曜日

江戸っ子と初鰹


高級料亭「八百善」の主人が出した『料理通』に載ってる鰹の図(アリギリス蔵)



いやあ、夏ですね。暑いですね。

江戸っ子たちは“初物”にちょっとオカシイくらいにこだわっていました。

江戸の夏の到来を告げるのが初鰹(はつがつお)です。

松尾芭蕉も

鎌倉を生きて出でけん初鰹

とうたっています。

四月の初旬になると鎌倉から馬や船で江戸の町に運ばれてきました。

が、まあ、その鰹の高価なこと!

文化91812)年の記録によると…。
初鰹17本を積んだ船が江戸に入り、6本は将軍様へ献上され、3本を高級料亭の「八百善」がそれぞれ2両1分で入手。歌舞伎役者の3代目中村歌右衛門は、魚屋から3両で買ったとか。
貨幣価値に関しては諸説ありますが、1両=10万円とすると……。

鰹1本30万円!!!ひゃ~~~。

人より少しでも早く手に入れて味わいたいというこの江戸っ子の見栄と情熱ってば……(絶句)。

ちなみに、現代では、初競りで高値の付くマグロ。江戸時代には人気のない魚でした。当時は冷蔵技術もないわけで、大漁すぎると肥料にされていたそうです。もったいな~い!

2011年7月13日水曜日

江戸時代、今いる場所には何があった?


「江戸切絵図--飯田町駿河台小川町絵図」(アリギリス蔵)


みなさんは『江戸切絵図』をご存じでしょうか。
「住宅区分地図」の江戸時代版ようなものと言ったらわかりやすでしょうか。

今日、掲載したのは「飯田町駿河台小川町絵図」という題の地図で、飯田橋から駿河台、神田小川町の辺りを描いたものです。

さて、ではアリギリスのある神田小川町3丁目24番はこの地図のどの辺か、探してみましょう。


土屋采女正のあたりが神田小川町3丁目の一部(アリギリス蔵)
ありました、常陸国(ひたちのくに)土浦藩の土屋家の江戸上屋敷(かみやしき)です。

なぜ「上屋敷」とわかるかというと、家紋が書いてあるからです。
「江戸切絵図」では、上屋敷は家紋、中屋敷は■マーク、下屋敷は●マークというルールで描かれています。この家紋、もうひとつ役割があります。
家紋の位置と向きが屋敷の中で、“表門がどこにあるのか”を示しているのです。
武家屋敷には表札は出てなかったので、この『江戸切絵図』はとても重宝したと思われます。
土浦藩土屋家は譜代大名で、水戸藩と仲良し(?)でした。TBSの時代劇「水戸黄門」にも黄門様の味方として2代目藩主で老中をつとめていた土屋政直がよく登場してきます。
地図に書いてある土屋采女正(うねめのしょう=官位で従五位下)は、10代目藩主で、寺社奉行(寺社を統括する役職)や大坂城代など幕府の要職に就いた人物です。
自分の家やオフィスが江戸時代にはどんな場所だったのか、探してみるとテレビドラマや小説の舞台だったり、思わぬことがわかったりします。楽しいですよ。

2011年7月12日火曜日

江戸の本屋さん

『江戸名所図会』巻2より「錦絵」(アリギリス蔵)

アリギリスのホームページ http://www.arigillis.co.jp のトップの絵は、
今から約180年前、江戸の天保期に発行された『江戸名所図会(えどめいしょずえ)』に載っているものです。

日本橋通油町(とおりあぶらちょう)の本屋「仙鶴堂」の店先です。

店の左側に大きな行灯看板が出ていて「本問屋―鶴屋喜右衛門」「さうし」(草紙:江戸時代の絵入り小説のことですね)の文字が見えます。
店の奥には錦絵(多色刷りの浮世絵)がうず高く積まれています。

寺子屋のおかげで江戸の人々の識字率は高く、読書は娯楽のひとつでした。独自の出版文化が花開き、十返舎一九、式亭三馬、滝沢馬琴などの人気作家が生まれました。